アニメーションエイドってなんですか?

これまでの話

[最終更新日 2018年10月1日 このページは随時更新していきます!]

どうしてもハリウッド映画の製作に携わりたい

はじめまして、若杉遼(わかすぎりょう)です。

僕は高校を卒業後こんな夢をもっていました。いつか自分の名前をハリウッド映画のスクリーンで見たい

昔からハリウッド映画が好きで、ほとんど洋画しかみないような若干海外かぶれの高校生でした。

ハリウッドで仕事がしたい!という目標があったのですが、じゃあ何が出来たのか?と言われると、特に何かやっていた訳ではないです。絵もほとんど描いた事もないし、パソコンもタイピングでワードが使えるくらいで、もちろん自分のパソコンなんて持っていなかったです。

高校時代は野球部で野球ばかりやってたので勉強も全然できなかったです。成績も学年全体で後ろから数えた方が早いくらいでした。

何も出来なかったのに、ただひたすら大きな目標だけがあったんですね。笑

これから先の道のりがどんなに険しくても、現実感が無さ過ぎて逆に楽観的になれたのかも知れないです。

だから目標は大きくて大きくて現実感が無いくらいの方がいいと思うんですね、その方がワクワクするし。

ピクサー目指したらダメ?

日本で大学に入ってからは、僕の目標はもっと具体的になってきました。ハリウッドで仕事と言ってもエンドクレジットを見ると沢山の仕事があって、じゃあ僕は何をやろう?となりました。

そこで、その当時スターウォーズの新三部作(エピソード1~3)など特にCGの視覚効果を全面に出してくる映画がとても多かったのもあり、きっとこの業界はもっと盛り上がるなと思い、CG(視覚効果)をやろう!となりました。

そこから何とか自力でハリウッドではMayaというソフトを使っているという所まで調べて、学生版のソフトを買って独学でソフトの勉強を始めました。

その当時初めて触った時に作ったものです 笑

そこからCGの勉強を進めたり、某テーマパークでバイトをしたり、気が付いたら僕のハリウッドの目標は、もっと具体的になってCGアニメーターとしてピクサーで働くことになりました。

大学3年生の時に将来のキャリアプランというクラスがありまして、そこで卒業後どういう仕事に就きたいかプレゼンする機会がありました。

僕はその時には既に独学でCGアニメーションの勉強をしていて、はっきりとピクサーという目標があったので、ピクサーで働くというプレゼンしたら、「真面目に考えなさい」と怒られました。

僕はそれで諦める事にはならなかったし、その先生が心配して言ってくれてるのは勿論わかったので、怒る事はなかったですが、僕らが持つ大きな目標って言うのは、どこかを境にしてダメな事になっていくのかなーと考えさせられました。

学びの多かった塾のバイト

日本の大学を卒業前に、アニメーション以外で力を入れてやっていた事がありました。それが塾でのバイトです。

塾でのバイトで学んだ事は本当に多かったです。

成績がそこまで良くない子ばかり教えていたので、集中力が無くて、勉強も嫌いで、宿題もやってこない、そもそも塾での時間内で勉強させる事自体が無理でした。

そこでどうやれば人にものを教えられるか、教える事って一方通行じゃダメなんだと知りました。上から押さえつけて話しても聞いてくれないので、もう諦めて、授業時間ずっとただ雑談してるだけの時もありました。笑

「教える」ことって、ただこっちから話すだけじゃなくて、相手が受け取るところまで含めて「教える」ってことだと学びました。

面白いのは、ここで学んだ多くの事を今はアニメーションエイドで生かしています。

当時、英語の勉強も兼ねて良く聞いていた、スタフォード大学でのスティーブ・ジョブズのスピーチがあります。


スティーブ・ジョブズはスピーチの中で、「先を見据えて点と点を繋げる事は出来ない、点と点が繋がるのはいつも過去を振り返った時だ。」ということを言っています。僕のこの塾でのバイトは今思い返すとやっておいて良かった事のひとつでした。

何がどう繋がるか、本当に分からないものですよね。笑

荒波のようなサンフランシスコ美大の生活

サンフランシスコの美術大学に入ってからは、初めて同じ目標を持った人に囲まれた環境でとても楽しい生活でした。

とても楽しかったですが、その分周りとの競争が激しく、精神面でも荒波に揉まれるような生活でした。

特にこういう仕事では学歴は一切問われないので、大学を出ただけでは価値がありません。なので、ただ大学に通うだけで充分とは思えず、学校外でももちろん毎日勉強の2年半でした。

それでも、満を持して卒業前に色々な会社に応募しましたが、その時は返事のメールさえ一切貰えませんでした。 ピクサーという大きな目標以前に、そもそも、本当に仕事が見つかるのかプレッシャーの毎日でした。

同年代の友達で日本で活躍したり、仕事をしているのを見ながら、他の人とは違う道を辿るという事の厳しさを肌で感じていました。

そんな中、大学卒業の年だから記念に、、、と思って出したピクサーのインターンシップ。

なんとその応募に選ばれてしまいました。

夢の実現からのどん底

ピクサーのインターン時代は本当に貴重な時間で、本当に学校のような会社で単純に毎日とても楽しかったです。楽しかったのと同時に、その時に演技の話やアニメーションの多くのことを学びました。

インターン中に書いたメモは分厚いノート一冊にもなっていて、アニメーションエイドやセミナーでも、今でもここからネタを探していたりします。

3ヶ月のインターンが終わった後は、正式にピクサーでのアニメーターとしての採用が決まったのですが、ちょうどそのタイミングで関わっていた映画の延期が決まってしまい、レイオフ(一時解雇)により僕らもスタジオを去らないといけなくなってしまいました。

レイオフの後はもちろん仕事を改めて探さないといけなくなったしまいました。ただ、ピクサーでの経験もあったのですぐに仕事が決まると高をくくっていたのですが、また全く決まらず。

サンフランシスコからロサンゼルスまで、300社くらいメールを送りましたが、在学時代と同じほぼ返信がありませんでした。

一応仕事をもらえたスタジオもあったのですが、給料もそこまでもらえず、最終的にはスタジオが閉鎖になって最後の2ヶ月くらいは給料がもらえないまま終わってしまいました。笑

また学生ビザの期限も迫っていて、そもそもアメリカに滞在すること自体も難しくなってきて、最後にカナダのスタジオに応募する悪あがきをして日本に帰ろうと覚悟していました。

ピンチから夢の実現へ

今でも覚えていますが、2015年の1月1日にバンクーバーにあるソニーピクチャーズイメージワークスというスタジオに応募しました。そこから、まさかの直ぐに返信をもらえて、面接のあとすぐにビザの手続きに入りました。

そして結局、あっという間に話が進んでそこから3ヶ月後にはバンクーバーにいました。

ソニーピクチャーズイメージワークスでは、「映画アングリーバード」の製作に携わりました。


そして2016年に映画が公開すると、ずっと思っていた僕の夢が叶う瞬間が来ました。

家族と応援してくれる皆さんとおかげでピクサーでの就職という目標に続いて、大きな夢を叶える事が出来ました。

初めて自分の名前を映画館のスクリーンで見た時はこみ上げるものがありました。

アニメーションエイドが生まれた

そして、アングリーバードの映画の製作に携わっていた間に、アニメーションエイドというオンラインの学校をはじめました。

アニメーションエイドに関しては、別のページで詳しく書いているので、ぜひそちらも見てもらえたら嬉しいです。ただ、アニメーションエイドを始めた大きな理由のひとつは、伝えたい事があるからです。

僕は正直に言うと、アニメーションの勉強は楽しかった部分も勿論たくさんありましたが、辛かった部分もたくさんありました。辛い部分も必要なんじゃないかと思われる方もいるかも知れないですが、僕はそうは思わないです。

何より僕自身がスキルが伸びたと感じたのは、やはり自分が楽しんでモチベーション高く持ってアニメーションをやっている時だけだったからです。

こうやって勉強すれば、絶対に楽しくモチベーション高く持ってスキルの伸ばせる、楽しいからスキルが伸びる、スキルが伸びるから楽しい、、、という循環を作れたら僕が経験してきたような辛い勉強をしなくても目標は達成出来ると人に伝えたいと思っています。

そういう部分を伝えたいという気持ちから、アニメーションエイドという形で教育の部分にも踏み込んで行こうと思いました。

皆さんお読み頂いてありがとうございました!ここの記事は随時更新していこうと思っています!